どうも!Mっちょです!
皆様しばらくぶりでございます!
涼しくなりましたね!
もう秋の予感です。
Mっちょ旦那さんの田舎に行って来ました新潟です
旦那さんの地元のお祭りと花火を見に

↑
ゆるキャラ、『ごずっちょ』です!

↑
こちら新潟名物ポッポ焼き。
あっ…。実物を撮るのをわすれました…
関東には売ってないですねー。

↑
こちらは、灯ろう来舞。
大きな灯ろうを、ぶつけて
戦うお祭りです。

↑
よいしょ!よいしょ!の掛け声で
お祭り気分全開でした。
あっ。わっしょい!だったかな?
花火も綺麗でした!
瓢湖の花火大会です!

関東では、『玉屋~!』『鍵や~!』
といいますよねー。
それは、花火屋さんの名前と前に聞いたのですが、気になるので調べました。
ネットより引用
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
■享保18年(1733年)5月28日
……両国の大川(現在の隅田川)にて川開き花火大会(隅田川花火大会の原型)開催。そこで活躍したのが日本橋横山町の花火師、鍵屋六代目弥兵衛です。
もともと「鍵屋」は葦(アシ)の管に火薬を詰めて星が飛び出す花火を開発し、商才もあって花火市場をほぼ独占していました。しかし、花火が火事の原因になるため町中では花火禁止令が出され、隅田川の花火だけが許されます。当時は納涼船を出して「鍵屋」に花火を上げさせるのが、豪商たちの贅沢の象徴だったのです。
■文化5年(1808年)
……「鍵屋」番頭の静七が暖簾分けをし、両国吉川町で玉屋市兵衛を名乗る。やがて川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、二大花火師の競演となる 。これを応援するための掛け声が「たまや~」「かぎや~」だったのです。
■天保14年(1843年)
……「玉屋」の出火で大火事となり玉屋市兵衛を江戸から追放。廃業する。
玉屋さんは、35年しか存在しなかったのですねー。
それなのに断然『玉屋~』の掛け声が多いですよねー。不思議です。
と…。。。こんなにも、長々と玉屋鍵屋の事を書きましたが、、、
新潟では、『玉屋~鍵屋~』を一声も聞きませんでした…。
皆さん静か~に花火を見ているのです。
関東に育ちの私には不思議でした。
あっ!暑く花火を語りましたが、、
猫ブログだったのです。
はっ!!!
さて。猫の写真写真~。

↑
田舎に行く時にお見送りしてくれた
もみじと父。
お出掛けがこんなにも長いお出掛けになろうとは…思ってもみなかっただろうなぁ。

↑
チョイだしベロのウニ。

↑
キリっとイケメン黒豹ぐんかん。

↑
我が家のアイドルガチャコ。
皆お留守番ありがとうね、
さみしかったよね、
帰ってきたら、皆凄い甘えて来てくれて嬉しかったなぁー。
いつもあのぐらい甘えてくれたら良いのになぁ~。

↑
そうねー今までで1番長かったわねー

↑
そうね~安田のヨーグルトにも行って来たわ~

↑
あっ…。何もないや…。

↑
そんなに落ち込まなくても…。
(冷蔵庫上で寝てるだけだけどね。)

↑
お土産屋さんには猫のお土産売ってないんだよ…。ゴメンよ。
(お土産屋さんに、猫用のお土産売ってたら、売れると思うんだけどなぁ~。)
そんなこんなで、帰ってきました。
ただいまです!
長々としたブログ読んでいただきましてありがとうございました。
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おまけ!
本日のアイス

↑
安田ヨーグルトの売店内のソフトクリーム
すっごく美味しかったです。
濃厚~

↑
こんな外観の小洒落たお店。
工場脇にあると聞いていたので、
こんなに綺麗なお店と思っていませんでした。

↑
スーパーで見たことない安田ヨーグルトが沢山ありました。

↑
いろいろ出しているのねぇ~
ついついいろいろ
買ってきてしまいました。
おしまい~( ´ ▽ ` )ノ

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↑
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↑
こちら新潟名物ポッポ焼き。
あっ…。実物を撮るのをわすれました…
関東には売ってないですねー。

↑
こちらは、灯ろう来舞。
大きな灯ろうを、ぶつけて
戦うお祭りです。

↑
よいしょ!よいしょ!の掛け声で
お祭り気分全開でした。
あっ。わっしょい!だったかな?
花火も綺麗でした!
瓢湖の花火大会です!

関東では、『玉屋~!』『鍵や~!』
といいますよねー。
それは、花火屋さんの名前と前に聞いたのですが、気になるので調べました。
ネットより引用
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■享保18年(1733年)5月28日
……両国の大川(現在の隅田川)にて川開き花火大会(隅田川花火大会の原型)開催。そこで活躍したのが日本橋横山町の花火師、鍵屋六代目弥兵衛です。
もともと「鍵屋」は葦(アシ)の管に火薬を詰めて星が飛び出す花火を開発し、商才もあって花火市場をほぼ独占していました。しかし、花火が火事の原因になるため町中では花火禁止令が出され、隅田川の花火だけが許されます。当時は納涼船を出して「鍵屋」に花火を上げさせるのが、豪商たちの贅沢の象徴だったのです。
■文化5年(1808年)
……「鍵屋」番頭の静七が暖簾分けをし、両国吉川町で玉屋市兵衛を名乗る。やがて川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、二大花火師の競演となる 。これを応援するための掛け声が「たまや~」「かぎや~」だったのです。
■天保14年(1843年)
……「玉屋」の出火で大火事となり玉屋市兵衛を江戸から追放。廃業する。
玉屋さんは、35年しか存在しなかったのですねー。
それなのに断然『玉屋~』の掛け声が多いですよねー。不思議です。
と…。。。こんなにも、長々と玉屋鍵屋の事を書きましたが、、、
新潟では、『玉屋~鍵屋~』を一声も聞きませんでした…。
皆さん静か~に花火を見ているのです。
関東に育ちの私には不思議でした。
あっ!暑く花火を語りましたが、、
猫ブログだったのです。
はっ!!!
さて。猫の写真写真~。

↑
田舎に行く時にお見送りしてくれた
もみじと父。
お出掛けがこんなにも長いお出掛けになろうとは…思ってもみなかっただろうなぁ。

↑
チョイだしベロのウニ。

↑
キリっとイケメン黒豹ぐんかん。

↑
我が家のアイドルガチャコ。
皆お留守番ありがとうね、
さみしかったよね、
帰ってきたら、皆凄い甘えて来てくれて嬉しかったなぁー。
いつもあのぐらい甘えてくれたら良いのになぁ~。

↑
そうねー今までで1番長かったわねー

↑
そうね~安田のヨーグルトにも行って来たわ~

↑
あっ…。何もないや…。

↑
そんなに落ち込まなくても…。
(冷蔵庫上で寝てるだけだけどね。)

↑
お土産屋さんには猫のお土産売ってないんだよ…。ゴメンよ。
(お土産屋さんに、猫用のお土産売ってたら、売れると思うんだけどなぁ~。)
そんなこんなで、帰ってきました。
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すっごく美味しかったです。
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